790:棟方志功「板散華」を読みました

カテゴリー │美術

記事781 、 記事785  に続いて棟方志功 その3です。

「わだばゴッホになる」を読んでいると、文中に処女出版の「板散華」なる表記があったうえに、巻末には「板散華」の抜粋が添付されていました。その巻末の「板散華」の文体が「わだばゴッホになる」と全く違うのが気になりました。「わだば・・・」が語り言葉で親しみやすい、棟方志功のイメージそのままであるのに対して、「板散華」は丁寧語で書かれていてだいぶんとイメージが違っていて気になったのです。

巻末の「板散華」抜粋は旧仮名遣いを改めたとかいてあることもあり、旧仮名遣いでは印象が違うものかと探しましたが、図書館に在庫がなく、文庫本が絶版となっている感じなので、古本で探しました。
 790:棟方志功「板散華」を読みました
昭和54年の出版であるにも関わらず超美本でした。

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巻頭には、出版年に彫られて摺られた「愛染修羅身・御炎噴」(和紙)が綴じられています。そこには昭和17年作と書かれています。
「板散華」は昭和17年に出版され、47年の時を経て昭和54年に復刻されたのです。その昭和54年の復刻本をさらに45年の時を経て陶酔人が読んでいるのです。時に流れを感じずにはいられません。
 790:棟方志功「板散華」を読みました
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 上の写真をクリックすると拡大自在です。
目次の一部分です。
巻頭に河井寛次郎の「棟方君」という賛辞が載っています。河井寛次郎の棟方志功への傾倒ぶりがあふれています。

いよいよ棟方志功の文章が始まりますが、出だしは「河井寛次郎先生」と題するもので、これはまるで恋文のような文章でして、追悼文ではないかと思うほどの入れ込んだ文章でした。ですが、昭和17年には当然存命(昭和41年逝去)すので、お互い相思相愛の仲って感じだったんでしょう!

以下の文章は版画(棟方志功による板画)に対する気構えが書かれています。なかでも版木への思い入れがひしひしと伝わります。版画は下絵・彫り・摺りの技法に頼ってはいけないという主張にも棟方志功らしさが伝わります。

以下宋時代の版画「宋槧三世相(宋本三世相)」への感動・江戸時代の鳥居清長
から鈴木清親までの概観などが収められています。
この辺はまさに版画家ならではと思われる表記ですし、旧仮名遣いでもあることから陶酔人の力では判読が不十分なんですが、それとなく分かったような気分に浸れます。

巻末の本のバックデータが面白いので添付します。
 790:棟方志功「板散華」を読みました
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 上の写真をクリックすると拡大自在です。

そこには「1000部の限定復刻」と書かれています。手に入れた中古本は260号です。版画の摺りみたいな扱いですね。
しかも、定価8,000円と書いてあります。昭和54年当時の8,000円です。この本が安価で手に入ったのですが結果的にお宝となりました。

  陶芸を忘れているのではないかとご指摘を受けそうな陶酔人




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