140:沖縄 その2(陶酔人)091218

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記事139で「ひめゆりの塔」関係の表記は見送りました。その後少し調べているうちに、こんな本に出会いました。「平和は『退屈』ですか」というタイトルです。(岩波書店)
 
著者は下嶋哲朗さんというノンフィクション作家です。「虹の会」という「戦争を知らない高校生(一部大学生)と元ひめゆり学徒(80歳代)と1年間対話する」ことを企画・実行した方です。

お気づきになったでしょうか?本の帯には、「戦争?したっていいじゃん」とショッキングな科白と「私たちがいなくなったあと、誰が私たちを語るのでしょうか」という切実な言葉が併記されています。
この2グループが1年かけて胸襟をひらくまでの対話を脚色無しに書き綴ってあります。ですから、少し読みにくいでしょうか。でも2ページ読めればぐいぐい引き寄せられます。間違いなしです。

もし気が向けば、「続きを読む」をクリックしてください。

陶酔人

手前が塹壕・奥の碑には名前が刻まれています。この塹壕の奥で傷病者の看護をしたようです。
 140:沖縄 その2(陶酔人)091218
「ひめゆり平和祈念資料館」です。
 140:沖縄 その2(陶酔人)091218
うかつにも「ひめゆりの塔」ということばからは漠然としたイメージしかもちあわせないで、観光気分の延長で「ひめゆり平和祈念資料館」に入ってしまいました。さらに運悪く(?)高校生の修学旅行シーズンで高校生と鉢合わせをしました。元ひめゆり学徒の説明があるというので、高校生がちゃらちゃらしているのではないかと内心ひやひやしてました。
すると予想外なことに元ひめゆり学徒の話に涙を流している女子生徒が少なからずいて、男子生徒も静かに聞き入っていました。ちゃらちゃらしているのは自分の方だとおおいに反省させられました。

「ひめゆり平和祈念資料館」は、土地は日系2世が寄付をして建物は自費で建設されたようです。
 140:沖縄 その2(陶酔人)091218
 140:沖縄 その2(陶酔人)091218←この写真をクリックすると拡大できます。

ですので、「きれいごと」の展示はしていません。脚色も体制批判もしていません。「事実をありのままに展示」することで、「見た人に自分の心の言葉で感じてもらう」のが趣旨のようで、見学した人の口汚い感想文も・共感する感想文もその全てを展示しています。この姿勢は当局・為政者にはあまり見られないものです。

下嶋さんも、声高には当局・為政者を批判していません。高校生と元ひめゆり学徒を誘導もしていません。「世代が違う2グループが結果に囚われず真剣に話し合う」ことに主眼を置いています。

うわべの平和教育に嫌気がさしていた真面目な高校生の直截な発言は元ひめゆり学徒の心を再三逆なでします。ですのでなんども挫折しそうになります。それを乗り越えて1年間を全うしたのは、この高校生達の「人生を真剣に考える姿勢」と元ひめゆり学徒の「生き残ってしまった者としての務めという使命感」と下嶋哲朗さん達事務局側の持続力でしょうか。

戦争を知らない2004年の高校生は自分の直感的疑問・問いかけもそして悩みも元ひめゆり学徒にぶつけます。当初当惑していた元ひめゆり学徒もその真剣さにだんだんと高校生の心を理解していきます。相手を思いやる余裕ない高校生も元ひめゆり学徒を徐々に理解していきます。
2005年からは、説明ボランティアをしだす高校生もいます。本の挿絵もメンバーの一人が描いたものです。

ながなが書きましたが、書ききれません。私の感想を書くのはまだ気が引けています。「ひめゆり」は氷山のほんの一角ですしね。

これを契機にさらに調べていこうと思っている陶酔人

追記
「ひめゆりの塔」はいくつかの映画でやや美化されているようで、元ひめゆり学徒はそんなきれいごとじゃないと心の底で思っています。でも声高に言いません。別に「ひめゆり」というドキュメント映画(があるようなんですが、見つけられませんでした。



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